【桜】の散り際

 

春の足音が近づいてきましたね。

花粉も盛大にぼくの目と鼻を痛めつけてくれています笑

 

この週末にたまたま東京ミッドタウンへ行っていたので

夜桜なるものを見てきました。

 

 

「日本人が櫻が好きなのな其の散り際が潔いからである」

これはぼくの敬愛する岡潔という数学者の言葉です。

(正確には彼が父親から聞いた言葉だそうです。)

 

校庭の桜が入学式を待たずして散ってしまうなんてよくあること。

人間の都合なんておかまいなし。

 

咲きたい時に咲いて、

咲きたいように咲いて、

そして潔く散っていく。

 

これぞ桜の生き様です。

 

そんな桜をこよなく愛するぼくらも

きっと同じように生きたいのでしょうし、

同じように生きていいはずなんだと思います。

 

なのに最近は、

人と世間、人とコミュニティ、人と人とがつながりすぎていて、

何かをしようと思うとすぐに周りからとやかく言われます。

 

むしろ、わざわざSNSとかで発信して、

自分からとやかく言われに行くこともありますね。

 

もちろん、人の意見を聞いて参考にするのはアリだと思います。

でも、あまりにその影響力が強すぎて、

それに流されてしまうことが多すぎるような気がするんです。

 

いろんなものに「正解」や「モデル」が用意されていて

そうした情報に簡単にアクセスできてしまうものだから、

自分で自分の咲きどきや散りどきを考えずに、

他の何かに決められた通りにしてしまうことって多いんだと思います。

 

お店を選ぶ時にはたべろぐを

本を買う時にはレビューを

ニュースをみたらコメント欄を

服を買うにはファッション誌を

 

こんな具合に、

人の意見で判断するのに慣れてしまうと、

本当に自分が望んでいるものを見失ってしまうこともあります。

 

そうなってしまうと、

咲きたいときに避けなくて、

咲きたいように咲けなくて、

潔く散ることもできないんだと思うのです。

 

情報にアクセスしすぎると、

自分で決めたことなのか、

他人に決められたことなのか

よくわからなくなってしまいがちです。

 

だからときには情報を遮断して

好きなようにやってみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

例えばスマホを家に置いて外で出てみるといいかもしれません。

そうすると、自分の頭で考えるしか無くなりますからね。

 

咲きたいときに咲きたいように咲いたなら

潔く散ることも惜しくないはず。

 

ときには情報を捨てて、

自分の思うようにやっちゃってみてはいかがでしょう?

 

2件のコメント

  1. 素敵な写真と、心に刺さる文章で、心臓のあたりが痛いです。。
    いつもありがとうございます(*^-^*)

    1. こちらこそ、いつもお読みくださってありがとうございます。
      コメントも嬉しいです。
      桜の季節ですねぇ。。。

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