勉強と学びの違い

受験が近いと面談が多くなります。

主には進路や成績についてのお話で、過去の合否データや成績推移を見ながら、現状の取り組みと照らし合わせて、何をどうやるべきかを考えるわけですが、

やればやるほど、勉強ってゲームみたいなものだなと感じます。

課題をやる、点数を取る、合格する、学歴を手にするといった勉強の流れは、

RPGでレベルアップしながら、敵キャラを倒して、クリアしていく様にまさしく似ていると思うんです。

もちろん、これでちょっとした自信になったり、周りの人あるいは自身の、自分に対する評価が変わったりと、

それなりにいい点があることは違いないです。

ただ、教育がすなわち勉強となるのはまたちょっと違うんじゃないかと思うんです。

勉強とは別に、「学び」という経験も教育には欠かせない要素ではないでしょうか?

勉強というのは、すべてなんらかの試験対策であり、数値としての結果が伴うものです。

それに対して学びは精神的・身体的な変化であり、志高く理想を抱いて、自らを向上させんとする営みです。

ギリシア時代から、「真・善・美」ということが言われますが、

学びはまさにこの3つを追い求める心を育てることであり、文化のわかる情緒を目覚めさせる手伝いをすることなんだと思います。

数学者の岡潔は、人は真善美に対して懐かしさ、確かにあると感じる心があると書いていますが、

いまどれだけの人がその存在の確かさを感じ、文化として悠久なるものの影を追い求めんとしているでしょうか?

教育は人の情緒の中心を調和させる営みであって、決して点数を取るためのテクニックを教えたり、まやかしの意義を教えることではないのです。

塾という存在は、どうも受験産業に呑み込まれてしまい、誰かにとって都合のいいシステムを運用する片棒を担ぐだけに成り下がっていますが、

教育そのものの意義を考えて、勉強ではなく学びを経験させる場として在ることができれば、

きっともっとも有意義な教育機関になれるのではないでしょうか?

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です